なぜ、陽明学ノートを書くのか

 

私は、楡の木フォーラムという社労士仲間の勉強会に参加して、陽明学に出会いました。

付かず離れず五年余りが経過しました。その間、王陽明研究の世界的権威、福岡女学院大学名誉教授・難波征男先生にご指導いただく光栄を得て、牛歩ではありましたが、その端を捉えたような気分がしております。

 

人工知能AIの発展が、働き方だけでなく大きく世界を変えていこうとしています。

『人にしかできない仕事』とは?

『人にしかできない仕事』以外の仕事がなくなる社会とは?

そこで本当に役に立つ能力とは何でしょうか。

 

創造力、直感力、共感力・・・等々。

 

西欧には古来よりリベラル・アーツの伝統があります。一般には教養と訳されるようですが、世界のどこに行っても生き抜く力=自由の翼を与える教育のことではないかと思います。

東洋にもインド哲学、儒教や四書五経、それらを綜合した日本の心学などがあります。

西欧では分析学、科学として発達し、東洋では宗教や思想として受け継がれてきましたが、それを統合することで新しいリベラル・アーツ=自由の翼を授ける學ができると思います。

 

西欧の科学は多くの方が取り組まれ、商業的にも成功していますので多くの書物や学びの場が提供されています。他方、東洋思想は文科省的教育からは排除されている感もあり、学ぶ機会も少ないのが現状ではないでしょうか。

 

陽明学は、中江藤樹に始まる心学として寺子屋を通じ庶民に普及し江戸時代に多くの儒商を排出、その思想は商道徳として渋沢栄一、松下幸之助、稲盛和夫などの大経営者に脈々と受け継がれてきました。また、陽明学は、東洋思想を綜合した学門であり、極東の日本で最も発達し、維新回天や戦後復興を支えた思想として花開いた実績があります。

 

陽明学を日本から再発信することで、科学にない分けない哲学を加え、新しいリベラル・アーツ=自由の翼を授ける學は完成すると思います。

私は、『陽明学ノート』を書くことで、その哲学を実践し体認し共有していきたい、そして孫たちの時代に陽明学を伝えたいと思います。

私がこの學の道程のどこまで行けるのか分かりませんが、二十年後、シンギュラリティの中、人生の経営に乗り出す孫たちの『おさ爺、結構やるじゃん』がこのブログのゴール設定です。

 

陽明学とは

 

ウィキペディアによりますと

「陽明学(ようめいがく)とは、中国の明代に、王陽明がおこした儒教の一派で、孟子の性善説の系譜に連なる。陽明学という呼び名は明治日本以降広まったもので、それ以前は王学といっていた。また漢唐の訓詁学や清の考証学との違いを鮮明にするときは、(宋明)理学と呼び、同じ理学でも朱子学と区別する際には心学あるいは明学陸王学ともいう。英語圏では朱子学とともにに‘NeoConfucianism’(新儒学)に分類される。」

 

陽明学は、明代に生きた王陽明が、五溺(任侠、騎射、文学、道教、仏教)を経て、儒教や朱子学の業績を検証し、新たな境地を開いた學であり、儒教の最終進化型と思っております。

その教えは、王陽明と王龍渓や銭徳洪など弟子との問答集『伝習録』を読み込むことで学ぶことができます。

 

本ノートにおきましても、難波征男先生の陽明学基礎講座で取り上げられた30講をはじめ読み解いて行くことになると思います。

 

王陽明とは

 

王陽明(1472年~1529年)は、中国の明代の儒学者、思想家。朱子学を批判的に継承し、読書のみによって理に到達することはできないとして、仕事や日常生活の中での実践を通して心に理をもとめる実践儒学陽明学を起こした、と紹介されています。

しかし、王陽明の真骨頂は、明朝の官僚、武将であり、治世や盗賊退治の実務家として優れた実績を残し、その多忙な中でも弟子一人ひとりの指導、大衆教化を怠らなかった教育者であったことだと思います。

教育者であるということは現代の実業家にも通じる大切な資質です。王陽明の足跡を辿ることは教育者の何たるかを明らかにすることにも繋がり、ビジネスと教育の統合する実業家のあるべき姿を示すことになるでしょう。

 

大風呂敷を広げましたが、長い道のり楽しく進みたいと思います。