「認知的不協和の理論」

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「認知的不協和」とは、自身の中で矛盾する認知を同時に抱えた状態、またそのときに覚える不快感を表す言葉で、アメリカの心理学者レオン・フェスティンガーによって提唱されました。人が行動を変えるときに、その根っこで働く意外な心理と申しますか、力学を確認していきましょう。

 

すっぱい葡萄の寓話

 

レオン・フェスティンガーは、「社会心理学の父」と呼ばれるクルト・レヴィンにアイオワ大学で学び、認知的不協和の理論、社会的比較理論の提唱者としてMITやスタンフォード大学にて教壇に立ちました。「困ったときにはレオンに聞け」といわれるほど、博識で発想の豊かな方だったそうです。

 

この理論は、イソップ物語の すっぱい葡萄としてもしられています。

 

キツネが、たわわに実ったおいしそうなぶどうを見つける。食べようとして跳び上がるが、ぶどうはみな高い所にあり、届かない。何度跳んでも届かず、キツネは怒りと悔しさで、「どうせこんなぶどうは、すっぱくてまずいだろう。誰が食べてやるものか。」と捨て台詞を残して去る。

 

手に入れたくてたまらないのに、人・物・地位・階級など、努力しても手が届かない対象がある場合、その対象を「価値がない・低級で自分にふさわしくない」ものとみてあきらめ、心の平安を得ます。フロイトの心理学では防衛機制・合理化の例とされています。

 

愛煙家の不協和

 

愛煙家がテレビの報道番組で、「たばこと肺ガンには因果関係があり体にわるい」という情報に接したとします。「わたしはたばこを吸う」という事実と「たばこは体にわるい」という新しい知識は相矛盾し不協和(不快感)を感じるようになります。

こういった場合に、人は不協和を減らすように動機づけられることになり、次のどちらかの行動をとることになります。

(1)行動を変える(たばこをやめる)

(2)態度や認識を変える(新聞がまちがっている、喫煙を正当化する)

理屈に合う行動はもちろん(1)が正しいと言えるでしょうが、禁煙による不愉快やその難しさを考えると(2)を選択することもありがちではないでしょうか。

 

社長のジレンマ

 

社長は、起業の混沌を八面六臂の活躍で乗り切りますが、やがて組織化の壁に直面します。道を求める社長は先達に出会い、経営に詭道はないことを学びます。

ここに社長のジレンマが始まります。

(1)社長として正しい姿勢を身につける

(2)先達の教えを否定する

理屈に合う行動はもちろん(1)ですが、社長に求められる厳しさ、不如意は禁煙と比較にならない不愉快さでしょうから(2)とはいかなくても教えを実践できないブレーキになっていることは少なからずあるのではないでしょうか。

何が行動を引き出すのか、一筋縄ではいかない動機が見え隠れします。望ましい行動を引き出すために認知的不協和を超えて進みましょう。

 

 

 

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